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前橋地方裁判所高崎支部 昭和34年(わ)27号 判決

被告人 小鷹元雄

昭五・一・一生 食料品行商

主文

被告人を懲役壱年六月に処する。

なお未決勾留日数中六十日を右の本刑に算入する。

押収中の西洋剃刀一丁ならびに、同剃刀入れおよび右剃刀の刃の一部分各一個(昭和三十四年領第二十号の一乃至三)はいずれも全部これを没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は昭和三十三年十一月二十四日頃前刑により前橋刑務所を仮釈放となり出所したものであるが、昭和三十四年一月中旬頃より高崎市八島町五十九の一番地飲食店「千恵の家」こと竹内はつ江方に飲酒に赴きたる際、たまたま同店に手伝いをりたる女給香苗こと増田武子(当時二十二才余、昭和十一年三月三十一日生)を知るや、同女にいたく恋慕の情を抱き、その後数回同店等にて同女と面接する裡、同女と結婚し度き迄の心情に立到りたるも同女は被告人と接触するうち被告人に対し左程までの好意を示すに足らざるものと感ずるに至り、その言動にもおのずからその意嚮が伺がわれたところから、被告人は同女が被告人を裏切り変心したものと速断して同女の態度に憤懣の念禁じ難く、同年二月二日午前二時三十分頃、被告人が同店において同女に面接したるに同女は被告人に対して、やや冷淡な態度を取つたのに激昂し、同女は全く被告人から離反し去つたものと思料し、かくなる上は同女の顔面部等を傷付け以つて憤懣の情をはらさんものと考え、所携の西洋剃刀(昭和三十四年領第二十号の一)をもつて、同女の顔面部を目がけて矢庭に斬りつけ、よつて同女に対し、加療約一箇月を要する鼻部、上下口唇、右頬、下顎等各切創の傷害を負わせたものである。

なお被告人は右犯行直後所轄警察署警察官に対し右犯行を自首したものである。

(累犯前科)

被告人は、

(一)  昭和二十九年七月二十七日前橋地方裁判所高崎支部において公務執行妨害、毀棄傷害罪により懲役一年に、

(二)  同三十二年十月四日高崎簡易裁判所において賍物牙保、同収受罪により懲役十月罰金一万円に、

各処せられ、当時右各刑の執行を受け終つていたものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の判示傷害の所為は刑法第二百四条罰金等臨時措置法第二条第三条に該当するので所定刑中懲役刑を選択し、被告人には前示累犯前科があるので刑法第五十六条第一項、第五十七条第五十九条第七十二条によつて累犯の加重をし、更に被告人は前示の如く本件犯行を自首したものであるから同法第四十二条第一項、第六十八条第三号により法定の減軽をした刑期の範囲で被告人を懲役一年六月に処し、未決勾留日数について同法第二十一条によつて六十日を右の本刑に算入し押収中の主文第三項掲記の西洋剃刀等(昭和三十四年領第二十号の一乃至三)は被告人が本件犯行の用に供した物であつて、被告人以外の者の所有に属しないから右物件は全部これを没収する。なお訴訟費用については被告人に支払能力が十分でないことが明白であるから刑事訴訟法第百八十一条第一項但書によつて全部被告人に負担させない。

(情状と量刑)

被告人は本件被害者増田武子が被告人と結婚すべき旨の確約をなしをりたるに拘らず変心、破約して被告人を裏切つたので、それに対する復讐として判示の如き凶行に出たる旨弁疏するのであるが本件各証拠を綜合考察するに同女が、たとえ、当初、被告人に対し相当好意を示し、場合によれば被告人との結婚にまで踏切るかの如き態度を示したものとしても、真実被告人が同女を熱愛しこれと結婚せんことを希望するのであれば同女の意思を明確にするため人を介して同女の意嚮を問うなり、同女の親達が同一市内に居住してをり同女は平素親許方に帰還すること多きを、被告人は十分知つていたのであるからこれらの人を通じて話を進める等、隠便な方法を取り得たことは一見して明瞭であり、また同女が真実被告人と結婚する意図が無いものならば敢えてこれを強制して被告人の意図に服従せしめるとか、暴力に訴えて復讐を計る等ということは法の厳に許容せざるところであることは今更ここに取上ぐる迄もなく、かような暴力の行使を是認する思想はこれを断乎排斥すべく、しかも本件傷害の部位程度を見るに本件被害はいずれも相当甚大なものと言い得べくこの点は前示下口唇附近の下顎に加えられた切創のみを見るも明白と言い得べく、該切創は長さ約十五センチ・メーターにして口唇の左右両端に及び本件傷害直後下口唇は右切創によつて一時下方に反転垂下していた程で治療の際も縫合二十針に及んでをり、その他の切創の内にも縫合八針に至るものあり受傷後既に五箇月を経過せる昭和三十四年七月二日本件第二回公判期日に証人として出廷せる右被害者の「現在でもなお気候の変動等ある際は疼痛をおぼえる」旨の供述をなしをり、更には又、被害者の精神的苦痛も亦無視出来ない。

しかして被告人は前示の如き累犯前科を有するのみならず、右前科以外にも最近約十年間に合計八回に及んで恐喝、傷害、暴行等の罪により処罰を受けた前歴を有してをり、これらの点より見るに被告人はややもすれば些細なことにかこつけ、暴力を行使せんとする習癖を有するのではないかとも思料せられる節もなくわない。

以上被告人に対して有利なる諸般の情状を充分考慮に入れても本件事犯に対する検察官の科刑に対する意見(懲役一年)はいささか軽き感を免れない、よつて右の如く本件の刑を量定する。

以上によつて主文の通り判決する。

(裁判官 藤本孝夫)

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